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2004年4月27日 (火)

子どもも教師も泣かせる人事異動に母怒る!

 4月1日の人事異動があった。昨年、大淀中学校は、バレーボール部の担当の先生がいないので、クラブがつぶれてしまった。早速保護者の方が、「子どもたちのために、バレー部の復活をしてください」と言う署名を集め、学校、地域に要望運動された。私も演説会で要望をお受けしたので、市教委に理由調査もし、応援していた。
ついに女子バレー部だけ復活した。子どもと保護者ががんばった結果が出て、地域の教育力が前進。
 先日、今度は、府立K高校の3類のバスケット部の保護者から相談があった。
 「子どもをスポーツ推薦で呼んだのに、バスケット部の顧問の先生が、突然4月に異動した。子どもたちにとっては寝耳に水の驚きの話。校長先生に抗議したら『府教委に言って』と逃げるばかり。校長先生は学校で一番偉い人で責任者と違うのですか。
 子どもが顧問の先生を気に入って、一緒にK高校のクラブを盛り上げ、今年はベスト4までがんばると言っていた矢先に、たった一年でS高校の女子バスケット部顧問に先生は追い出された。毎日、元気をなくした子どもを見るに忍びない。去年、顧問の先生が呼んだ新一年生の生徒も、バスケット部顧問が学校にいなくなったのでとまどっている。
 出られた顧問の先生は、スーパーで出会ったとき『意に反して、ごめん』と保護者に涙したまじめな人。教師の人権は守られているか。無視と違うか。子どもと教師泣かして、これが京都の教育か?」と保護者の怒りの声が広がっているという。
 生徒の教育に責任を負うべき教育行政が、こんなひどいことをするなんて信じられなかった。本当に府教委のやった人事異動は学校と人間の信頼関係をつぶす理不尽なものと思う。先生に生徒を集めるだけ集めさせて置きながら、先生にも、生徒にもひどい仕打ちだ。改善を求めるのは当然だ。応援したい!

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2004年4月18日 (日)

いつから命の責任は、自己責任になったか?

 ついに、日本人の人質が全員解放された。本当に本人はもちろん、ご家族の皆さんの心労は大変なものだったことでしょう。よかったですね。
 人質に取るということはいかなる理由があろうと許されるものではない。しかも、アメリカのフアルージャのモスクに対する攻撃による600名の女性・子どもを中心とした信者の虐殺は歴史上の大虐殺として記録されるべき事件といわれている。やはり武力で戦争や政権紛争は解決するものではないことははっきりした。
 人質が解放される時の武装集団からのメッセージは、「米英はイラクの敵、日本人はイラクに来ないでほしい。友人を傷つけたくない。自衛隊にはイラクから出て行ってほしい」(京都新聞18日付け)とのこと。
 とにかく、イラクは戦争状態であること、米英の占領に荷担するものには、イラク国民が敵対するということだ。そして、日本国民は、平和憲法での戦争をしない国ということでの信頼関係があること、これが何よりも人質を解放させた原因であることがわかった。
 ところが、人質が解放される直前から、「海外での命を守ることは、自己責任で」という外務省の担当官の発言を聞いてびっくりした。「パスポート」には、日本国として、渡航者の「命の保全」を各国に対して求める記述がかかれているのに。
 それでは、自衛隊はどうなるのか?安全どころか、小泉首相のいう、イラク特措法の派遣条件(非戦闘地域である、人道支援)、とは全く違う状況であり、危険であり、直ちに自衛隊の撤退をすべきではないか。
 自衛隊員の命を守り、何よりも日本国の戦争しない国としての国の信用を確保するためにも必要であると思う。自衛隊員や、外務省職員の家族の皆さんの心労も大変案ことだとお見舞い申し上げたい。今後、海外での商社などの経済活動も心配しなければならない。そんな人に「自己責任で」というのか。何のための安心・安全の日本国か。世界から笑われる。

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2004年4月13日 (火)

春の野に、区民ハイキングに参加!


 11日午前9時から、淀城に集合して、伏見区体育振興会の区民ハイキングに、淀南体育振興会の運営委員として参加しました。
久しぶりのハイキングで、地元と言うこともあり、雨天で延期されたために参加しました。当日は淀城の跡地がいっぱいの参加者で、他の体育振興会の人の懐かしい顔も見られました。
「暑い日なのに、ネクタイで大変ね」と若い方に冷やかされ、「いろいろと相談したいことがある」と生活相談もやりながら、八幡の山上に到着。すばらしいパノラマの空中展望台も、教え子を連れて参加した昔とは大違いでした。
桜は、吹雪のように花が散り、気持ちの良い一日でした。

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2004年4月 8日 (木)

市長選挙終わって、すぐに子どもの大切な予算切捨てか!


 8日、住吉公園愛護会の代表者が、「ちびっ子プールの継続を求める」要望書を京都市長あてに提出しました。
対応した緑政課長は、「地元の責任と地元の負担が原則で、管理許可を取っていただいて実施できる」と回答し「地元利用について」の文書を示しました。
「毎年、子どもが喜んで利用しているちびっ子プールを、市民の声も聞かないで、一方的に廃止するのは許せない。」
「これからお金を持って公園にプールに入りにいかなあかんことになる。おかしい。」
との追求に対し、
「子どもからお金を取ってもらうとはいっていない。しかし、他の地域の皆さんから、なぜここでやっているのに、私とこはないのかという声もあり、中心部しかないという不公平性が現れており、いつかは廃止の道しかない。」と課長は回答。
「公園、とりわけちびっ子プールが果たしている教育的意義は大きい。元気なまちづくりというなら、子どもの元気の出る応援を京都市がやるべきだ。」と厳しい代表の追及の声。
「今後、担当している者、利用者の声を十分聞いて対応する」よう求めました。
財政逼迫というけれど、全市ちびっ子プール予算は2000万円のお金があれば継続できます。出そうと思えば、今すぐにでも出せるお金です。ひきつづき、声を広げていきましょう。

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2004年4月 4日 (日)

動物園は猿舎も桜の花もきれいでした。


 4月3日、京都市動物園では、新猿舎が竣工式が開かれ、私は、市会文教委員として記念式典に参列しました。
着くまでに、疎水端のきれいな桜の花は、写真撮影の絶好の場所となっていました。
 お天気も良く、家族連れでいっぱいの動物園でした。小学校6年生の子どもを連れて卒業遠足できたことを懐かしく思い出しました。
「この京都市動物園は日本で2番目に古い由緒ある動物園であり、一日いまでも40万人が来所するものです」と誇り高く高木副市長は語ります。「しかし、財政厳しき折から昨年100周年を迎え何とか新猿舎の建設をとがんばってきたが、幸いにも宝くじ協会の方から多大の援助がいただけ完成の日となった。」と語る。総工費1億1千5百万円のものです。
「今までより、いっそう猿が間近に観察でき、猿にとってもストレスが少ないように配慮した空間施設を見てほしい。一番いいのはこれから2,3年後に周りの植栽が大きく育ったときぜひ、もう一度来てほしい。」と関係者は胸を張って語った。
「動物園をとおして、たくさんの動物とふれあい、そして生きる地球の大切さ、命の尊さを感じてほしい」と山田園長は訴えられ、私は感動しました。

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