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2004年11月27日 (土)

業者との飲み食い、旅行は原則禁止だが、例外認める京都市職員倫理条例。


 24日、総務局決算の質疑にたちました。
「倫理条例違反はない、と新聞報道、しかし、業者との飲食は原則禁止というのに、5000円までだったら許可をもらって飲める。旅行の接待は禁止だが、政策研究のために一緒に旅行は許可」というのは、抜け道をつくっているのと同じ。原則禁止を守れ、」と追及。
 「仕事上つきあいが必要なものもある」という当局の姿勢が、職員の「汚職、不祥事」を生み出す原因になっているのは明らか。全体の奉仕者という憲法上の公務員の位置づけをきちんと守るべき時です。
 それでなくても、新聞には職員の不祥事が続いてのる事態なのですから、大多数のまじめな京都市職員にとっては迷惑千万。京都市民としても恥ずかしいこと。
 京都市政の腐敗をつくり出している原因はいろいろあるが、幹部の姿勢、京都市長の政治姿勢を改める必要があると思うのです。

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2004年11月25日 (木)

地下鉄東西線六地蔵駅までの延伸記念式に参加!


 11.5地下鉄東西線の六地蔵駅までの延伸記念式展に参加しました。9年前まで通勤していたところだから、便利になったことは好いと思う。雪の日にバスがなくて、歩いて通ったことを思い出す。
 地下鉄醍醐駅の地域体育館で開かれた記念式典に,野中氏(橋本龍太郎氏の日歯連問題で団体献金の不正に関連してもこの人だけ不起訴処分)も参加。市長も、交通局長も「野中氏には官房長官時代に大変お世話になった。」と、議員でもないのに、奥山氏とともに招待。
 「本来710億円かかる2キロあまりの工事を、財政の効率化によって610億円に削減できた」と事業報告。
「えーつ、100億円も節減できたことは好いが、総額からすればすごい削減、元々多額に見込んできた証拠」とのきらいを感じた。
 地域の村井氏も10自治連合会代表、促進委員会の代表としてお祝いの挨拶。「なんでか村井氏が出てくる」とは、自民党議員の声。村井氏のこえかけで、すでに地域の人が集まって地下鉄の試乗会をしているのに、今日開通式典とは。開業は明日から。

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2004年11月23日 (火)

総合企画局との質疑にたち、平和のとりくみ、大岩街道周辺整備を要求


 22日、普通決算委員会の第一分科会の質疑にたちました。「非核平和宣言都市として、来年、被爆60周年の今こそ具体的な取り組みを、そして、世E歴史都市会議で平和のイニシアがとれていない、具体的にイラクの子どもたちへの人道上の支援を」と質問しました。回答は「今までの原水爆実験に対しても意見表明してきた。今年は8月に広島市からの要請もありひろしま原爆展を京都アスニーで4日間開き、親子連れの皆さんの参加2500人くらいで好評であった。経費は150万円。来年の継続実施の予定はない」と回答。「被爆者団体など市民の自主的運動を応援し、来年も原爆展などの具体的取り組みを」ともとめました。
 また、大岩街道の周辺整備について質問。「監視小屋で指導した資料を見ると、悪臭も不法投棄も記録が0となっている。住民から、悪臭と、排水の汚濁問題で関係機関に要望しているが記録にないのはおかしい。住民の暮らしを守る姿勢で改善を」と要求。当局は「違法建築が多いところ、法的な面と、まちづくりの面から、厳しい指針を17年度に作成し、改善に努力する」と回答しました。

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2004年11月17日 (水)

与党席から「○」の合図!


 16日の市議会本会議で、日本共産党は、京都市議会史上初の議員提案の条例案「住宅改修条例」「耐震改修条例」の両案を提出し、開会本会議で、党議員の加藤広太郎議員が提案説明をしました。加藤議員は「いままで長年提案をしてきたが、いつも拒否されるだけであった。機を熟した「この議会に提案できる機会に巡り会えてうれしい。長年訴えてきた甲斐があった。」と語りました。
 日本共産党の提案というのは、いつも住民の生活からでた要求であり、実現まで時間がかかっても必ず時が来れば花開くもんだと思います。乳幼児医療費の無償化の問題もそうでした。
21世紀に夢開く党、日本共産党の姿にまた惚れ直しました。
加藤議員の条例案の提案後に、与党席から「○」というマークの合図があったことをここだけの話で報告します。

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2004年11月14日 (日)

アメリカ軍のフアルージャへの無差別攻撃を許さない!


 今日の新聞でも、米軍がフアルージャへの制圧作戦を完了したと報じられている。しかし、作戦のテレビでの報道は、病院に侵入する米軍の姿や、町の人々の家々に対する爆破攻撃が映されている。
 新聞報道などでは、現地からの報告として、30万人が、町を抜け出したが、10万人が残っているとか。行く当てもなく、放浪すると、非常事態宣言下の他都市に出ることになり、身の安全の保障はない。
 残った現地では、電気もない、水もない、もちろん病院などと言っても医療器具も人もいななってしまった状況、けがをしても救急車も呼べず、妊婦が体内の子どもと一緒に死亡しているとか言われている。
 テロは許せないけど、この作戦はまさに、制圧作戦で、国際法で禁じられている、非戦闘員への攻撃で、テレビでも確認できる人道上許されない殺し尽くす無差別攻撃作戦だ。何が作戦の成功か。
 たとえ米軍が、制圧しても、イラクの国民の心は統治できない、逆効果になり、さらにテロの温床を広げ、混乱を全土に広げるのは必至だ。
「自衛隊はサマワから出て行けとデモ隊がでている」と報道されている。自衛隊の 安全確保の任務でいた、オランダ軍は3月で撤退すると表明した。なぜ、日本政府は、米軍の言いなりになり、イラクに派兵する必要があるのか?
 「イラクは非戦闘地域」と強弁し、戦争で殺し、つぶしておきながら、人道支援の体制があるとは、よくも言えたものだ。戦争でもうけようとする、死の商人との約束があるのだろうか?

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2004年11月12日 (金)

車の運転をしていると、道路が波打っていることがわかりました。


 10日、早朝から、深夜までのまさにピストン支援!?の新潟中越地震災害支援に行ってきました。寺田副委員長、原2区候補、矢口6区候補など8名と、青年が4名参加しました。
2トントラック満載で届けた支援物資は、米100㌔、トイレットペーパー3600ロール、紙おむつダンボール10箱、ごみ袋6000袋、天然水2ℓいり200本、カイロ1000個など種類も必要と求められているものを選定し用意しました。
 長岡の日本共産党の災害支援センターに着くと、たくさんの人が待ち受けてくれました。「さすが、京都だね、すごい量だね、金持ちー」なんていう声が聞こえました。
 一人一人の義援金とあったかい心が集まって、こんなになりましたと報告。
 支援センターの前では、焼肉店などの店が開かれています。
物があふれている社会の、物資支援てなんなんだろうと思った。また、連日の無法な米軍の侵略戦争である「イラク支援」には、「人道支援」と湯水のように国民が納めた税金を投入する小泉内閣・日本政府。
 まちがっていますよ!憲法に健康で文化的な生活を保障すると国の責任を書いています。大事にするところがまちがってますよ!
日本共産党の新潟県委員会にカンパも届けました。応対していただいた新潟県委員長さんは、「日本共産党はそこまでやるかと自民党議員に言われました」と活動に誇りを持って語ってくれました。また、「行政の足りない部分を共産党が補う、協力体制でやっています。」と自治体から喜ばれている様子を語ってくれました。
「国民の苦難と要求あるところ日本共産党あり」との生きがいを感じた笑顔があふれる、ぴかぴかの新潟県委員会事務所でした。

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2004年11月 9日 (火)

10日、早朝から新潟に救援物資と義援金とお見舞いの心を運びます。


 10日、早朝から、日本共産党、京都府委員会災害対策本部は、台風被害、新潟中越地震の被災者の方への支援物資と義援金を集めたものを、新潟に届けます。
 7日の憲法大好き京都まつりの参加者からも100万円を超えるカンパが寄せられました。
 わたしは、京都市議団を代表して参加します。早朝から出発し、深夜に帰ってくる、まさに強行スケジュールですが、やむを得ません。
 20数年前に、新潟にスキーに行ったときのことを思い出します。当時は、携帯電話もなく、分乗した、車の連絡を無線機で行ったものです。相手方の車が途中で故障し動かなくなった経験があります。
 今も、余震が続く新潟県ですが、一刻も早く、皆さんからお預かりした、カンパと、支援物資を安全に、届けたいとおもいます。
 後日報告させていただきます。
 

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2004年11月 8日 (月)

普通の人が、地域で信頼されている人が、暴力をしているって!


 今日、市民生活相談センター、中京青少年センター、ウイングス京都に見学、懇談にいきました。
 「消費者から電話して申し込むと、クーリングオフ対象にならない。」「えー、インターネット販売も」「そうです、水道の緊急時のシールがよく家に入ってるでしょう。あれは、消費者が電話でかけるから、あとでお金を吹っかけられてもとりかえしがつかなくなるんです。」「えーっ、家に貼ってある、あれですか?」
と、びっくり。
 消費者が守られていない実態の中で、消費者相談員が嘱託職員でがんばっているそうだ。
 不安定な嘱託職員の身分保障はどこに相談に行くのでしょうか?悲劇ですよ。許せません。

「DVで相談にこられる人が多いのですが、暴力行為は結婚してからすぐに始まっています。30才台の相談者が一番多いのです。薬物で暴力行為に及んでいる人もありますけど、青少年の教育にかかわる人もいるなど、地域で信頼されている、普通の人が多いのが現状です。」との話。おとなしい人が、内弁慶で、ストレス発散できず、奥さんに甘えてるのと違うかなと、思いました。
 競争主義の社会がまじめな人を犯罪者にしたてあげていると思うのです。
 4階スポーツセンターでは、ソフトバレーと、卓球に興じる男女のはちきれんばかりの声が聞こえました。利用率100%といっても良いくらいだそうです。こんなん伏見にあったらなあと地域差も感じました。

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2004年11月 4日 (木)

大人パトナをつくってほしい。だれでも人生やりなおしの機会を!


 「ひきこもりの青年が増えています。今、青年やニートなど15歳から20歳代までは、何とかしないと、と言う声がある。しかし、忘れられているのは30歳代以上の大人が問題。そして、年金生活の両親が、亡くなったら、ひきこもりの子は餓死するしかないのです。電気や、ガスが止められ、水が止められたらと思うと心配されている。人間的自立は、進んでいても、経済的自立ができていないんです。このひきこもりの人たちに、就労の機会と、生きる喜びを感じる機会を保障してほしい。」とNPO「オレンジの会」というひきこもり問題の解決をめざす山田氏の話です。「大人パトナをつくってください」と言われました。そこに行けば就労相談や、居場所になるところほしい、と。

 訪問した加藤議員、田原政務調査員、と私は、「自殺王国の日本」の話題になりました。
「いくつになっても人生をリセットできるというやり直し人生の意義を大切にしたい。競争主義と、勝ち組、負け組の人生分断の中で、苦しんでいるのは日本人。解決のためには、個人の努力も必要だが、未来を保障する政治が根本的に大切と感じました。

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2004年11月 3日 (水)

きょうは淀のまつり、みんな「い顔です。下津町のみなさんと!


 きょう11月3日は文化の日、淀のまつりの日です。下津町の皆さんが、一緒に入っていただいて、記念写真。
「しっかり頼むぞ」という激励の声。
一緒に写真をとみんなならびました。
さすが、家内安全、五穀豊穣の神様のまつりです。みんなすてきな笑顔で写っています。
 また、淀南地域では、祭礼がないので、防災訓練をしました。町内から、学校へ、そして、競馬場の緑の広場へ。
「ここまでは、遠くて、来るまでが危険。学校までで好いと思うなあ。」との声がありました。
「特に、生津、際目など淀南地域は、水害の対策が問題。安全な避難場所の特定が必要だ。第二外環の道路も好いのでは」との声もありました。
 自然災害は防げません。しかし、予防はできます。「40年前に地震を体験した新潟で発生した今回の地震。伏見は400年前に起きて以来、まだ発生していないのです。地域の協力体制を」と伏見消防署長は、日頃の準備と訓練を強調しました。
 70歳以上の高齢者の人数も今年も増えています。本当に、命を守る体制として、避難訓練が必要です。

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2004年11月 2日 (火)

 文教委員会の質疑をしました。


 「30人学級実現めざす請願と現行教育基本法にもとづく施策推進の意見書の国への要請」について、が教育委員会の審議になりました。
私は、「京都市教育委員会は現在でも憲法・教育基本法にもとづいて施策を実施しているか」と質問。
担当部長は、「現行の憲法と教育基本法、学校教育法など諸法に基づいて施策を実施しています。」と回答。
「憲法に基いて教育基本法がつくられ、戦後教育の施策が現在にも一体として生きて実施されている。私の父や母が戦争で苦しみ、学校にも行けなかったこと。21世紀に生きるためにも学校教育を受けることの大切さを話してくれたもんだ。その意味でも委員の慎重な検討をお願いしたい。」と発言しました。
「本来なら、請願を陳情に変えてもらいたい所だが、審議継続の留保としたい。」と自民党席から意見が出て、他の会派からは意見なしで留保となりました。
 「30人学級早期実現、教育基本法にもとづく教育の実施」という国民の願いは無視できない声であることを痛感しました。
また、新潟中越地震の対策として、「学校でも避難場所などの徹底を図ること、改修計画は早期に実現をと」要求。
 担当部長は「耐震調査が今年中に9割まで実施。そして改修計画は、6割まで実現、全国平均の2倍の予算を取って実施している」と回答。私は、「国の制度を活用して、東南海沖地震はいつ起きてもおかしくない。前倒しで地域の仕事興しとしても前倒しで改善を」と要求しました。

 また、パープルサンガの競技場についても、局長は「京都府、京都市、商工会議所の三者で研究会をしている。今年にはいって毎月一回のペースでやっている。年内には方向性が出る予定。」と報告がありました。私は、「研究会の名簿と、審議内容を公表せよ。」と要求、当局は「できる範囲で資料として提出します」と回答しました。

 

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2004年11月 1日 (月)

一人の命も守れない政府と、一人のいのちを守ったハイパーレスキュー隊!?


 「よくも92時間もたってるのに、小さい子がおむつ姿で助けられたね」と、驚きといのちを助けたハイパーレスキュー隊員への労をねぎらう共感の声が、ちまたにあふれている。
 一方、香田君というイラクへの入国後に何者かによって人質に取られ、殺害された報道がされた。香田さんの家族の悲痛な思いを考えると、「テロリスト」と言われる集団の暴挙に、ドンな理由があろうと、その非道さに、怒りを禁じ得ない。
 同時に、「アメリカの不法な侵略行為の片棒を担う、イラクへの日本の自衛隊派兵を撤退せよ。」と言う、人質の解放条件に対して、小泉首相は、言下に「条件」を拒否。(民主党までテロに屈しないと、拒否を声明)
 これでは、人質事件の対応の初歩的鉄則である、相手との交渉で時間を稼ぎ、本人の安否確認、安全確保をするということもできない。その上、救出のためにアメリカ任せで進行していたことが、新聞の誤報道によって明らかになった。情けない。本当に腹が立つ。
 アメリカの不法な戦争行動に追随しているがために引き起こされた今回の事件。それを、アメリカ軍任せにできることではないことは明らかだ。当時は、アメリカ軍が大規模な戦闘行動を引き起こそうと準備している、緊張したバグダッドに入ったときである。
 「香田君のいのちは小泉首相のアメリカ言いなりの戦争推進政策のために殺された。」と言っても過言でないと思う。こんな政府を支えているのは、自民党、公明党、そして野党の民主党まで支援している。しかし、年金改悪するか、消費税を増税するか、憲法を変えるのかということは、政党が決めるのではなく、国民が決めるのであることを肝に銘じたい。
 先日の伏見の戦争展でイラクの国民支援を訴えた、NPOの青年の安否が心配になった。

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