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2004年12月30日 (木)

歳末特別警戒の激励も最後の淀・納所を訪問


「ご苦労様です、いよいよ明日30日で最後」と激励に訪問。最後の私の身近なところで7カ所を訪問。
「防災センターって十条の堀川通りですよね。気軽に子どもと行けない。何とか近くに行けるようにしてほしいです。」「私ら入ったことがない」との声も。そして、「提灯も古くなって、先ほどみぞれが降ったのでしまいました。」との声。
「外国籍の人が住むようになって、地域住民との交流がないと、火災などの緊急事態のときに、消防車や、緊急車両を誘導しにくい。日本語が話せない人への対応も考えないと」「先日のマンション火災のとき、隣の人が火災の発生に気がついたのは、消防車両が駆けつけてきたから。隣に火が移らないというのはよいが、ベランダのプランタンやガーデニングなども考えないと。一人一人の安全を守ると言うことと、マンションの防災計画をしっかりと事前に知っていないとだめだ」とか出されました。
「子ども同士のメールで火災原因がろうそくだとかいってる。はしご車が2台も来ていたのに。マンションの周りの消防車の進入路を自転車やバイクの駐輪場がじゃましていたらしい。」とか、多くの問題と教訓を示してくれました。

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2004年12月29日 (水)

政治家もしょう油もほんまもんでないと長続きしない!


29日、午後、近所の木田醤油さんを訪問しました。
「見てください。長年の積み上げてきた手作りの醤油造りです。スーパーに行くと100円で売っている時代に、500円でも買ってくれる。それはほんまもんの味がするからです。作り醤油もつぶれていく時代ですが、ここだけ手作り醸造が残って入るんです。昔は、酒も造っていたそうですが、いまは醤油だけです。」と製造現場を案内していただきました。古くからの大きなおけが所狭しと置かれたところや、麹部屋まで見せていただきました。地元の醤油を愛して地場産業として維持している社長さんの、画家として、また、芸術家としての心意気も聞かしていただきました。
「2月23日以降に節句のかざりをするから見においでください。」と案内もいただきました。
 

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いろいろと声がでます。歳末特別警戒消防団の激励対話。


 「緊急出動中に、自分の車に当てられたときなんかは、保障されるのか。見舞金はでるのか?」「以前、堤防内の葭の出火の時に、出動したときに、車で駆けつけたが、脱輪し動けなくなった。そこに風向きの変化で火が車の方に近づいてきて、逃げろと言われたことがあるのです。幸いまた、風向きが変わったので、車が燃えなくてすみましたが。どんなことがあるかわかりません。」「ポスターのような、消防団にはっぴをつくってください。その方が消防団と消防局の人が明確に違いがわかりいいのと違う。」「防災無線は、消防局と連絡はできるが、横の団員との連絡ができない。すべて自分のケイタイでやっている。詰め所に普通の電話線を引いてもらえたらそれで連絡ができ、助かる。」「消防署の出張所の中の職員の書類入れの場所がないので、文書保存期限も10年もあり、困っています。机は共用ですから、毎日、きちんと片づけるのはいいが、書類を入れておくところがないので困っている。専用机か、書類専用のサイドボックスでもあればなあ・・」「際目の火事の時に、なぜ久御山からはしご車が来なかったのか。わざわざ七条署から来たそうだが。十条署もあるのに、なぜ七条署の遠いところから来たのか。久御山消防署との連携をうまくしてほしい。」などなど、切実です。

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2004年12月28日 (火)

年末警戒の消防団を訪問・激励に市会での消防委員会の質疑の報告書を持って行きました。


 27日、私と、ひさもり府議、石村かず子衆議院予定候補と一緒に、夜8時から伏見北部を中心に恒例の年末防火警戒中の消防団を激励・訪問しました。
「高速道路ができたら、どうなる」とか「今の子どもの教育が大変だ」ということなど、たくさんの問題点が出され、丁寧に応える場面もありました。
 「深草消防団は、歴史があり、ここが少年少女の消防団のはじまりです。」と独自の消防ニュースがつくられ手おられるところもありました。
 「今年は、火災件数が減っており、最後までがんばりたい。」と決意表明されました。
板橋消防団では、小年少女消防団と一緒に夜回りをして、おいしそうなカレーラーメンをほおばっていました。子どもたちにサービスする大人たちの笑顔がすてきでした。
 「この間、淀のマンションで火事があったが、いつも訓練で使っているはしご車が、当日使えず困ったらしいですね」との話も。
 「竹田では、来年火の見櫓も移転して、ここにある消防の器具も展示してもらうのです。ぜひできあがったら見に来てください。」との池田会長の話も。みなさん、この仕事に誇りを持っておられる様子がよくわかりました。新しい年まで数日です。最後まで気を抜かないでガンバります。
 

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2004年12月19日 (日)

竹田、深草地域のコミュニテイセンターを住民とともに調査・見学会に参加


 18日、午後竹田・深草地域のコミュニテイセンターを調査、見学会に参加しました。
 はじめにコミュニテイセンターに集合。広いピロテイ、そして、元気いっぱいの保育園児の絵画展示がしてありました。
「こんなに広い、みんなが集まれる場所があればいいだろうなあ、地元の藤森の地域にもこのくらいの施設があったら、親子リズムの場所確保で困っているのに」と使いたいという声が早速でていました。「住民の多彩な取り組みの保障ができるのに、周辺地域にこんな存在が知らされていないのが問題」との声も出ました。
「図書館は、誰でも使えます。一日平マ20人ぐらいの利用状況です。」との担当者の声に、「京都市の図書館のネットに入っていないのですか。図書館カードで使えないのですか。」と聞くと、「セキュリテイの関係でできない。ここは一般図書館とは違うのです」との話。
 2001年には特別施策の同和行政は廃止、そして、一般施策に移行したはずが、こんな調子では、真の部落差別解消につながらないなと、感じました。

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2004年12月18日 (土)

北区と左京区に挟まれた右京区ができるんですわ。?!


 「私の生まれた実家が来年4月に京都市になるんです」「えっ、どこですか?」
「京北町の貴船から4キロ奥にいくと芹生(せりょう)ですが、京北町の南の端のところにあるのですが、地図を見ると西の端は北区、と東は左京区、つながりからしたら左京区の方がいいのに、右京区というのはおかしいですね。」
と言う話。
「すんでいた実家は400坪ぐらいの家だがもう誰も住んでいない。たまにに見に行くのだが、道路も京北のほうはいいのだが、貴船からの道が舗装されず放りっぱなし。京都府との約束で、実施すると約束もらっていた川の整備もやってくれるのか、心配です。」と早速声が出ています。
 京北町の小さな自治体で、5500人以上の人口で、京都市以上の住民に行き届いた施策が実施されていました。
 自分の住む伏見区遅れた行政施策の現状を見ても、行政区というのは小さい方がいいと言うことを実感します。

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2004年12月12日 (日)

「ハクモクレン」のつぼみがでています。春の準備をしています。


 12日、朝、淀水路公園の中を進むと、ハクモレンの木を見てびっくり。いつもは、春先に白い大きな花を開くハクモクレンの木には、白い色をした暖かなそうな毛がふくらんだ木の芽が見えています。
「えーっ」「春の花が咲くのかな」とびっくり。私も金曜日の夕方からくしゃみと鼻づまりで大変。風です。鬼のかく乱と言われました。
 妻には「学期末の大事なときに風邪なんかうつさんといてや」と、厳しい声。
土曜日は一日寝ていましたが、こんなに寝られる物とは思いませんでした。
この年末の暖かさで、木の方も、バランスを崩しているのでしょうか?

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2004年12月 8日 (水)

住宅改修、耐震改修助成条例の審議がされる!


 きょう、戦後最初の議員提案条例を審議しました。
「一般傍聴の要望は、14名。どうしますか?」
「議会改革の第一歩として、市民に情報公開すべき」とわが党議員の発言。
「議会改革の進行中でそこの判断が出てから」と与党多数で否決。
 冒頭、わが党の加藤議員が、議案説明しましたが、自民、公明、民主の各党から質問がでて、委員長(民主)いわく「熱心な議論ありがとう」との発言が出るくらいでした。
各党の発言の特徴は全面的には反対できない状況。しかし、自民党は「予算を伴う提案はおかしい」「現状の国の耐震改修の制度の改善を国がやってくれるので待つべき」との論調。
 公明党は、「必要性はわかるが、施策には優先順位がある。経済波及効果は検討したい。しかし財政難のときに、財政措置ができる見通しがあるか」との論調。
 民主党は、「借家に住む人にとっては、家主の意向が働き不利にもなる。条令などなくても、要綱で改善を待つべき」というものでした。
市長が決断して、改善を図ることが求められている流れがはっきり。
こんな面白い討議は、ぜひ市民のみなさんに公開すべきと思いました。

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丹波橋北踏切内に歩行者が取り残された!


 今朝、市役所に行くのに京阪電車の丹波橋駅北口から、乗車しようとした。踏切の警報機が鳴っていたが、急行電車が発車しない。踏切前で見ていると、半身障害の中年男性が踏切内を必死でこちらに横断しようと歩いている。
 思わず、「危ない」と声をかけ、遮断機の先をもって通れるように上げた。すると、京阪の駅員さんのような人が遮断機をしっかりと引き上げてくれたので、男性が無事通過。
 「おおきに」と男性がにっこりと礼を言うと、京阪の駅員さんは、線路からプラットホームに駆け上がり、電車の運転席に戻って、急行列車を出発させた。
 「えーつ、運転手さんが待ってくれたのだ。」
 ほんの数分の出来事に、よかったと思うのと、運転手さんは大変だとその責任感と優しさに感激した。
 そして、プラットホームで待つうちに、「以前は北口にも駅員さんがいたから、こんな時には駆けつけているやろに、それに北口の地下通路は片方がエレベーターがあり、東口には無いので障害のある人は利用できないのだ」と思った。バリアフリーと言う時代、命を守る体制と条件整備が必要だと痛感した。

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2004年12月 7日 (火)

市民の府立洛東病院をつぶすな!

 今、京都府議会に府立洛東病院廃止を、山田知事が発表したという。府立やから、京都府のことと思ったが、しかし、利用者の多くは京都市内の市民であり、たんまり府民税を払っているのも京都市民だ。
 洛東病院は、回復期のリハビリでは全国でもピカイチであり30年間の蓄積もあり、市民こそ、もの申さなくてはならない。
「リハビリに22年間も世話になっている。通院が大変だから桂から東山区に引っ越してきた。今更、病院を廃止するなんて」と怒り心頭。
 「赤字だから、回復期のリハビリは民間に任せる」というのが知事の廃止理由。調べてみると、府立医大付属病院60億円、与謝の海病院16億円、洛南病院9億円、洛東病院6億円とそれぞれ赤字。府立病院は府民のいのち守るために維持され、税金が投入されているのです。
 なんで、一番赤字の小さい、替わることのできない専門病院を先に廃止するのか、まさに切り捨てで、やめろ、と言いたい。

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