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2005年5月29日 (日)

日本文化の創造の中心は、憲法25条の生存権から


 京都市交響楽団は、今や全国唯一の自治体直営の交響楽団である。
 昨日、プラハ交響楽団との姉妹盟約を締結した。プラハ交響楽団は、プラハ市長の紹介によると、「時代の嵐にまみれてきたまちであり、戦前、戦後と他国の侵略とたたかって自らの文化を守り育ててきたという自負のあるプラハ市」の、世界的にもトップレベルの交響楽団として市民に親しまれてきた楽団といわれます。
 来年、京都市交響楽団は、1956年に創立苛発足以来の50周年を迎える予定で、来年京都市とプラハ市が姉妹提携都市10周年を迎え、今年は京都コンサートホールは10周年を迎えるのを契機に、世界的に珍しい両交響楽団の提携となった。
「音楽をテーマにした親子の対話」という人形劇もあり、会場を沸かした。 弦楽四重奏の演奏を聴いたりしていて、文化の持つ奥深さと心が洗われる感じがした。
 同日に、「少ない年金生活、95歳の母をかかえて、夫も病気がちで生活費が足りなくて、掃除婦にでています。何とかしてほしい。昨年入院した母の高額医療費の返還を請求したら、去年の分は打ち切ったといわれた。15万円ですよ。」と相談があった。早速生活相談所でに書類をもって来られ相談すると言うことになった。
 明日が見えない高齢者の生活と、コンサートホールも、当日は多くの高齢者の方の参加が目立ったがその方たちの生活もいろいろとあるのではないか、と思った。
 みんな普段着でこれるコンサートホールになって来ていると思うと同時に、伏見のみなさんにもこういう機会がほしい、と思う。呉竹ホールでも定期演奏会のコンサートを是非やってほしいものだ。

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2005年5月22日 (日)

緊張した代表質問!


 「元気をもらいました。ありがとう」と隣人のYさんのご主人がわざわざ議員団室を訪問して激励してくれました。「原稿の読み間違いのちょんぼは、赤阪先生らしいなあ、というてたんや」と日朝協会の仲間。「議会のヤジはひどいねえ。」と下鳥羽のAさん。「きょうの京都テレビでやってましたね。声が良く通るのでわかりやすかったです」とパン屋さんの奥さん。
「昨日テレビで見たけど、写りが悪い、本物はやっぱり若い。安心した。」と笑顔で激励いただいた羽束師のHさん。
地域のみなさんの声を代表して行う代表質問。命かけてやらなあかん。みなさんからいただいた機会やから」と一生懸命発言しました。
 さらに、赤阪を議会に送って良かったと言ってもらえるように精進してがんばります。そのためにも、足で稼ぎます。

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2005年5月18日 (水)

電車のドアが、開く前に「出発します」


 「電車が発車します」とアナウンスがなる京阪電車も、JRと同じように定時性を確保するために仕方がないのかなと思っていました。
きょう急行に乗るのに、ドアを見ていると、到着して電車のドアが開く前に「出発します」と自動のアナウンスが入りました。
なんと理不尽な、電車が到着してドアが開く前に出発とは、と思いました。

 踏切まで、通り抜けるまでに、降りてしまうのだから、とんでもないと改善を申し入れた。便利になった京阪電車に助けられているのが現状です。しかし、安全が確保できてこそもうけられるのですよ。
 参考人質疑で、JRの社長は、こくた議員のかせぐを第一にした社内方針の反省、撤回を求められたが、反省の答弁はなかった。
 

死亡事故が起きても、改善しないこの企業体質こそ変えなくては、21世紀に生き残る企業にはなれない。政府の国鉄民営化により、JRを助けるために、私鉄の安全装置の義務付けをはずしたというのだから、安全を切り捨てた政治責任は大きい。国の責任で、財政補助もして、最新の安全装置も付けられるだろう。責任はたせ。

 

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5月20日(金)に、午後1時から代表質問します。


 議員になって2回目の代表質問の機会を得ました。
5月20日の午後1時から、わが党の時間で、1時から藤井議員、そして、1時40分頃から私がやります。是非市議会に傍聴においでください。同日、同時刻には、KBSテレビで放映もされます。見てください。
「あなたの姿を見ようと傍聴席で立ち上がると、両肩を衛視に押さえつけられた。議員の様子も見えにくいので何とかして」という声も聞きました。改善の意見出しておきます。

質問の中身は、藤井市議は、まちづくりを基本に、高速道路建設問題、交通問題、マンション問題、国保の改善などです。

赤阪は、憲法問題、介護保険問題、30人学級、高校制度再編問題、同和補助金、大店法問題、深草大岩街道周辺地域の改善についてです。
 

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2005年5月12日 (木)

なにかへんやなあ!?


 「京阪電車と警察からのお願いです。・・・気をつけましょう」
と電車の中の車掌さんのアナウンスが最近変わったのを変に感じているのは私だけでしょうか?
 いままでは、「京阪電車からのお知らせです。ひらかたパークで・・が開催されています。・・」とアナウンスの主体が、京阪電車だけだったのが、「警察」も一緒に言うのです。
 小さいころ、悪いことしたら、大人に「警察に怒られるで」と言われ、脅されたものだ。それとダブって見えるのです。
 おかしいなあ、とこの電車に乗るたびに不快なのです。

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2005年5月 8日 (日)

自分の町は自分で守ると言う精神は、崇高な精神か?


 5月7日、淀水垂町の桂川右岸で水防訓練が行われた。
淀・淀南・納所地域の住民が避難訓練にも参加し、地域の女性会も炊き出しでがんばっておられた。
 水防訓練に参加する水防団の多くは中高年の人たちで組織され、中には黄色い軍手をした高校生の参加もあった。
 「自分の町は自分で守るという崇高な精神を力強く思う」と京都市長は講評したが、国、地方自治体が河川の水害から住民の安全、町を守るという発想はなくなったのか?

「自分の町は自分で守る」というのは、言わば至極当然であり、自らの命と財産を守る最後の場面を想定する、西部劇の砦を思い浮かぶ。それを、住民任せにして良いのか?
 自然災害とのたたかいは人類の歴史。いかに災害を少なくすませられるかが問題。水垂地域の堤防を現在地から、元の最終処分地上の方にの引きさげ、河川の幅を広げようとする国土交通省の工事は、いよいよ最終段階に入った。
 
しかし、水垂地域の人たちが移転する予定の土地は、ダイオキシンや、地下水の重金属の影響など安心できないとの声が上がっている。これは京都市がつくった移転予定地で、どうして自分の町を自分で守ると言う崇高な精神が湧き、守ることができるだろうか?京都市の責任は重大である。そして工事企画者の国土交通省の責任も免れないものである。

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2005年5月 7日 (土)

まだ戦争すんのか。憲法集会に参加。


 「戦争は命かけても阻むべし。母祖母おみな、牢にみつるとも」といよいよ決意しなければならない時代が来ている気がする。
 これは、もともと自民党政治の行き詰まりであり、このまま放っておいては、アメリカ、財界いいなりの、自民党政治の支配体制維持が出来ないものだから、いよいよ最後の手段、憲法にまで手を出し始めた。戦前への引き戻しの日の丸君が代の押しつけはその一つだ。恐怖政治を再来するのは誰も許さない。
 改憲勢力も、この憲法改正に成功しなければ、政治転換の危機があると感じているからこそ必死。国民は戦争などする国になっては大変と、異口同音に戦争反対を唱える。
 九条守れの声は署名となって壇上に積み上げられた。
府民過半数の署名で、国民投票に勝つ力関係を地域に作り出すためにがんばります。

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1日の8時間は労働、8時間は文化的生活に、そして残りは睡眠に


 第76回京都統一メーデーに参加、デモ行進参加者を松尾府会議員団長、島田けいこ府議、石村かず子3区代表と京都府委員会のお茶サービスとともに激励に参加。
 いつもの、京建労、府立高校のデコレーションのすごいこと。そして、市職労など公務員の関係の組合、福祉関係労働者の青年の力を感じたデモでした。
 そして、私の出身組合である京都市教組の仲間の隊列には、あついものが感じられました。
 「ちょっとストレス太りか」「がんばってや」「憲法、教育基本法改悪反対」「先生を黙らせ、子どもを戦争に送るための教職員評価反対」と憲法改悪の新たな段階に踏み込んだ小泉政治への批判が渦巻きました。
 そのなかでも、日曜日と重なったメーデーーでもあり、小さな赤ちゃんから、子どもたちの参加する山車もあり、平和であるからこそという、ほのぼのとしたものが感じられるメーデーでした。

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