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2011年4月12日 (火)

負けるな仁、もういっぺんやれ。

11日に、病院の父から公衆電話からの留守電が入っていた。

「おとうさんや、ひとし、負けるな、もういっぺんやれ」との留守録であった。

選挙結果後に初めて、涙ができてきた。教師を辞めて選挙に出る時には、『咲恵さんに悪い」といってあんなにいっていたのに。そうだ悪政に負けられない。新しい日本を作る仕事は日本共産党の仕事。父の障害者であるので兵役を免れ、非国民扱いされた戦争中の苦しさ、東日本の被災者の困難を乗り越えてたたかうみなさんのがんばり、子どもたちの生きる希望を見ていると、世の中を変えたいと決意を深めた。

ご支援頂いたみなさん。誠にすみませんでした。必ず議席を取り戻すために全力を尽くします。

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コメント

 今回の選挙の投票日。赤阪くんの当確を見て寝ようとインターネットを見ていました。伏見区の開票は遅く、京都市議選の当確発表の最後の方でした。同じく同じ大学・学部で共に頑張っていた仲間が高知県議選で当確が出ていたので、仁くんの確定を見て寝ようと心待ちにしていました。ところが、開票の途中経過が彼も含め伏見区の日本共産党市会議員の開票結果が芳しくない。頑張ってくれ、と念じつつ、寝るのを待ってインターネットの速報に注視。とうとう無情な結果が画面に現れました。仁くんが次点。競り負けで、それも同じ他の共産党議員も当選に至らず、伏見区の市会の共産党議員は1人の当選のみ。どうなっているんだ、と心が揺れながら、寝るに寝られず、しばらく時を過ごしました。
 大学時代、いろいろと世話になり、また、共に活動した仲間の、まさかの事態に、無念の一言。しかし、鍛えられた彼だけに、次に向けて、新たな気持ちの整理をつけているのだろう、と思っています。
 咲さん、彼を励まして、次の「さらに一歩を」へ。頑張って下さいね。
    大学時代の仲間より 川西 岩本

投稿: 岩本 守生 | 2011年4月18日 (月) 17時42分

残念やったね。でも社会情勢も青年の求めるものも変化してるから、じっくり分析して仕切直しやね。またがんばろうや。丹後はほんとに高齢者ばっかりになってきて、どうにもならんわ。なんとしても、地元で生きていけるシステムを作らんとあかんなあ。
  偉大なる高知の仲間チェーンより

投稿: 宮津のまる | 2011年5月 2日 (月) 16時47分

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