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2014年6月18日 (水)

戦争が終わって、自分たちが何も知らされてなかったと勉強した!

 「戦争が終わって、自分たちが戦争について何も知らされてなかったことがわかり、勉強したのです。無学の自分を恥じました。レッドパージの時代に、こんなことが続いたらどうしようと思った。国民が本当のことを知ることは、大切なこと。その後原発の設置反対運動もやったんですよ。殺し殺される戦争は嫌だ。」と80歳代の女性が戦後を振り返って語ってくれました。淀の集いに参加した時のことです。「自分に被害がなかったら、戦争はよそ事やった、南京、重慶事件など大事があったのに。広島・長崎・ビキニのように原水爆が、原発に一発でも落とされたらどうなるのでしょう。戦争はやったらあきません。」との声。「最近町内の空き家が増えている。子どもの数も60人から3人になっている。」「市バスで京都駅まで直行で行けるようにしてほしい。中書島までしか行けない」「炭山にダムを造る計画があるのか」「淀駅の工事の振動対策が必要」「淀駅前の水がたまるところがある」「台風被害のときに避難対策が必要だが、近所のお年寄りの体育館での生活や、夜中にトイレが必要なのに、歩けず迷惑になる、と思うと避難命令があってもできない」など具体的な問題が出されました。

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