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2017年7月31日 (月)

映画「母と暮らせば」を見て、涙しました。

 ビデオで、「母と暮らせば」を見ました。最後は、自分の母と、50年以上前に交通事故で亡くなった兄の一(はじめ)の二人の楽しそうに死後の世界に行く様子を重ね合わせて見えて泣けてきました。
 私が小学校5年生の冬やすみ、年末で忙しい時に友達とボール遊びをしていたときに、「配達にいって」と頼まれたが、いやだと言って断った。その時、代わりに配達に出たのが兄のはじめ、だった。そしてダンプカーにはねられ死亡した。兄の交通事故を遊んでいたときに知らされたとき、「ウソや、兄ちゃんが死ぬはずがない」と心の中で何べんも叫んでいた。近所のお兄ちゃんが、「お兄ちゃんにお別れに行こう」と、病院に連れて行ってもらった。そこには頭を包帯にまかれた兄が眠っていた。
 「耳から血が出ていたんや。ダンプにはねられて、だいぶ飛んだそうや」と近所の人が言っていた。
いつもは気が強い母は、気が狂ったように泣き叫んでいた。そして親の言うことを聞かない私に、「まだあんたがいる。仁は、生きているだけでよい」と私に声をかけたことが今も、忘れられない。
3年前に母が亡くなる直前に「今やから言うけど、あの時は、お父さんが代わりになっていたらよかったのに、と思ったんやで。はやくはーちゃんの所に行きたい」と言っていた。
「生きているだけでよい」というのは、戦前病気で亡くした母親や、拓殖大学を戦時中に卒度した弟の正義さん、のことを思い出しているのだと思った。
 

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